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太陽系


第22回 彗星 

 明るく長大な尾をなびかせて夜空を進む彗星は、太陽系で最も華麗な天体である。毎年8月と11月に天上から無数の流星を撒き散らすペルセウス流星群やしし座流星群も、彗星が引き起こす現象である。

 76年周期で太陽をまわる有名なハレー彗星は、紀元前240年以来、30回地球に接近している。ベネット彗星(1970年)、ウエスト彗星(1976年)、コホーテク彗星(1973年)、池谷・関彗星(1965年)、百武彗星(1996)、ヘール・ボップ彗星(1997)などが話題を呼んだ彗星である。1994年、ハッブル宇宙望遠鏡と木星探査機ガリレオが、シューメーカー・レビー第9彗星が木星に衝突するなまなましい様子を捉えた。

 彗星の故郷は、太陽から5万AU(1AU=約1.5億km)以上離れたオールトの雲であると考えられている。太陽系を離れた彗星は、生まれ故郷のオールトの雲を目指して長い旅を続ける。

ハレー彗星
 最も有名な周期彗星、76年の周期で長楕円の軌道を描いて地球に接近する。ハレー彗星は紀元前240年以来観測されている。名前は、76年の周期で回帰することを初めて提唱したエドモンド・ハレー(1656〜1742)に因んで付けられた。

画像は1986年3月8日、ハッブル宇宙望遠鏡がとらえたハレー彗星
ハレー彗星の核


 彗星は、きらびやかな黄色い塵の尾と青いガスの尾を太陽の反対の方向になびかせて進む。しかしその美しい外観とは裏腹に、本体は水メタン、アンモニアの氷に鉱物や金属の塵が混じった直径数キロの黒い塊(汚れた雪球)である。彗星が太陽に接近すると、回転する核の氷が溶けてコマ(ガスと塵)や物質のジェットが激しく噴き出す。これが太陽風に吹き流されて長大なマントのように棚引くのである。尾の長さは17億kmに達することもある。

 1986年3月、彗星探査機ジオットはハレー彗星の核に596kmまで接近して核の撮影に成功した。ハレー彗星の核の大きさは約16x8x8km。この画像で、1949年頃アメリカの天文学者フレッド・ホイップル(1906〜)が唱えた「汚れた雪球モデル」が証明された。

 上は最接近の95秒前に核から6500km、下はその約5分前に核から2万160kmの距離から撮影した画像である。黒い核と噴き出すジェットが克明に捉えられている。
百武彗星
 彗星には発見者の名前がつけられる。池谷・関彗星や百武彗星で分かるように、日本は彗星の発見の有力国である。彗星探しは、孤独で忍耐を必要とする作業であると言われている。この彗星の発見者は世界的に有名なアマチュアのコメット・ハンターで、鹿児島県隼人町在住の百武裕司さんである。

 1996年1月31日の明け方、山中でこの彗星を発見した。1996年3月25日、ハッブル宇宙望遠鏡が地球から1490万kmの距離を通過する百武彗星の頭部周囲を撮影したものである。太陽に向いた面から塵が噴き出している。画面左上で赤く見えるのは分裂した核である。
ヘール・ボップ彗星
 1995年7月、アマチュア天文家のアラン・ヘイルとトーマス・ボップにより発見された。木星のはるか彼方、地球から10億km離れた領域で発見された。この画像は、1995年10月にハッブル宇宙望遠鏡が撮影したものである。

 核は約一週間の周期で自転している。その速い回転速度のため、核の構成物質がまるでスプリンクラーからほとばしり出る水のように、宇宙空間に飛び散って行く。非常に明るく今世紀で最も明るくそして華麗な彗星であると言われている。
木星に衝突したシューメーカー・レビー第9彗星
 もし我々がシューメーカー・レビー第9彗星が木星に衝突する様を実際に見たとしたら、その物凄さに戦慄を覚えたに相違ない。21個の破片が衝突する様は、華麗というより天体の衝突の恐ろしさに慄然となったに違いない。

 衝突のほぼ2ヵ月前、1994年5月17日、ハッブル宇宙望遠鏡が幅110万kmに広がったこの彗星の真っ赤な破片の連隊を、地球から約6億6000万km離れた漆黒の宇宙空間で捉えた画像である。
探査機ガリレオが捉えた衝突の画像
 探査機ガリレオが、2億3800km先からほぼ21秒のインターバルで捉えた衝突の様子である。

 撮影(一番左の画像から)は、1994年7月22日世界時(UT)の午前8時06分から始まった。
衝突した木星の表面
 衝突の約1時間45分後、ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた衝突の新しい傷跡(右下の黒い部分)。 破片は秒速60kmで木星に衝突した。