NUCLEUS


3.「The Day After」のもたらしたもの

 1983年11月20日(日)、午後8時から2時間半、映画「The Day After(その翌日)」が全米にネットワーク放送され、その反響がすさまじかった。当時の日本の新聞記事を以下に掲載する。朝日新聞の11月21日から22日の三つの記事だけでも反響の大きさは十分推察できるだろう。 制作・放送は、米ABC。

 アメリカの地方都市への核攻撃と被爆市民の悲惨な実態を描いたもの。放映の数ヶ月前からの動きもあって、米ABCでは放送後に約1時間半、テッド・コッペル司会の視聴者参加討論会も準備されていた。

 これにはシュルツ国務長官も出席し、討論会にキッシンジャー国務長官、マクナマラ国防長官、スコークロフト大統領補佐官といった元政府高官のほか、哲学者ウィーゼル、科学者カール・セーガンらが出席。日本でもNHKから放送されている。

 そしてセーガンは、この時期、核に関する諸会議に出席し、話題になる重要な発言を行っている。日本の新聞が報じただけでも、

・10月30日、11月1日両日
 ワシントンでシンポジウム「核戦争後の世界」についての国際会議

・11月1日
 ワシントン・モスクワを結ぶTV衛星中継で「核戦争による地球環境への影響」についてデータ交換の討論会

 前者には世界から原子物理学、天文学、生物学などの専門家3600人が参加、後者ではワシントン会場に約300人、モスクワ会場に約30人の科学者が集まったと。さらに、30日発売の米週刊誌「パレード」への寄稿で、限定核戦争による放射能汚染の警告を発するなど、かなり精力的に活動されている。

 これらの動きに対して、実際に原爆を経験していないアメリカ市民らの恐怖の反響の大きさはすさまじいものがあり、なかでもカール・セーガンの発言のもつ影響力には、誰もが注目するところがあったに違いないと推測できた。

 その人が、さらに満を持して、本を書き、ドキュメンタリー・シリーズを制作し、大統領選挙にぶつけて放送する計画らしい、タイトルは「ニュークリアス(核)」。

 となると・・・・・どうなるか?社会的反響に決して強くないマスコミや、新しい政権にとって、“すさまじい社会的制約”になることを考えると、それは何としても避けたい、と考えたに違いない。―――状況が変わった!

 この年の12月、“諸般の事情により…”まず米ABCから放送を見合わせたい、と申し入れがあった。次いでNBC、CBS、そしてPBS、CNNまでが、放送受入れを断ってくる……。万事休す。