「はやぶさ」の挑戦


「イトカワ」到着後、「はやぶさ」は高度20kmの軌道に移行し、時には高度を下げて10月末頃まで詳細な科学探査を行なった。その結果、「イトカワ」は、これまでNASAの探査機が観測したダストで覆われて表面が比較的滑らかな小惑星(ガスプラ、アイダやエロス)に比べ、ほぼ全域を無数の岩石に覆われた表面がごつごつした小惑星であることが分かった。

 

ほぼ全域を岩石で覆われた「イトカワ」。提供:ISAS/JAXA

大きな岩石が突き出ている「イトカワ」の表面。最大の岩石の大きさは約50mに達する。提供:ISAS/JAXA


NASAの探査機ニア・シューメーカーが2002年2月に撮影した小惑星エロス。「イトカワ」とは異なり、表面は滑らかでクレーターが多いことが分かる。提供:NASA/JPL

11月に入ると、「イトカワ」への着陸とサンプル採取に備え、「はやぶさ」のリハーサル降下が行なわれた。地球・「イトカワ」間の時差は約17分あるため、「はやぶさ」自身が降下を自律的に制御するため、光学航法用カメラ(ONC)、「イトカワ」までの距離と表面の距離を測定するレーザー高度計(LIDAR)及び近距離レーザー高度計(LRF)が搭載されている。4日に予定されていた降下テストは、降下の継続もしくは中止(Go/No-Go)を決定する高度で、自律航法機能に異常が示されたため中止された。そして11日9日には高度約70mまで降下する最初の降下テストが滞りなく行なわれた。この降下テストで、ミッション関係者の名前入りターゲットマーカーが放出されたが、「イトカワ」には到着しなかった。(結果的には、この失敗が11月20日の2度目のターゲットマーカーの投下に生かされた)。

放出された最初のターゲットマーカー  提供:ISAS/JAXA

比較的岩石が少ないミューゼスの海のクローズアップ(右側の赤い□で囲まれた部分)。画面右上の赤い線は10mを示す。 提供:ISAS/JAXA

11月12日、高度約55mまで降下する2回目のテストが行なわれ、小型ロボット着陸機ミネルバが放出された。ミネルバは高さ10cm、重さ600gの円筒形で、「イトカワ」の表面 を5〜10mジャンプしながら秒速5〜10cmでゆっくり移動し、地表の画像を地球に送ってくるほか、表面温度を測定する役割を負っていた。

ミネルバ。  提供:ISAS/JAXA

しかし、ミネルバが放出された時点(午後3時24分)では、「はやぶさ」は高度約200mを秒速10数mで上昇中(後の調査で判明)であったため、残念ながら地表には到着できなかった。しかし、18時間にわたる「はやぶさ」とミネルバとの交信で貴重なデータが得られた。「はやぶさ」は落下していくミネルバを撮影し、逆にミネルバは「はやぶさ」の太陽電池パネルの一部を撮影出来た。「はやぶさ」のサンプル採取の日程(1回目は11月19〜20日、2回目は11月25日〜26日)が決まった。

ミネルバが撮影した「はやぶさ」の太陽電池パネルの一部 提供:ISAS/JAXA

「はやぶさ」が撮影したミネルバ(○印の中)。「イトカワ」に「はやぶさ」の影が映っている。提供:ISAS/JAXA

 

第1回目の挑戦(111920日)

かくして、「はやぶさ」に最初の正念場が訪れた。11月19日の午後9時頃、「はやぶさ」は高度約1km から降下を開始した。翌20日午前4時33分、「はやぶさ」は地上からの指令により高度450mで秒速約10cmに速度を上げ「イトカワ」に接近し始めた。午前4時55分、川口淳一郎プロジェクトマネジャーが、高度54m への降下にGoサインを出した。これは、「星の王子さまに会いに行きませんか」に応募した世界149カ国88万7490人の名前入りのターゲットマーカーの拘束が解除される高度である。

11月20日午前4時58分に撮影された「イトカワ」。「はやぶさ」の黒い影がくっきり見える。 提供ISAS/JAXA

午前5時28分、「はやぶさ」は目標の高度54mに到達した。前日夜の降下開始からこれまで、ミッションチームは「はやぶさ」の噴射による揺れを最小限に抑えることに成功した。姿勢制御装置(2基)の故障を乗り越えるために編み出された、正常な1基の姿勢制御装置と化学エンジンのジェット噴射装置を組み合わせて「はやぶさ」の姿勢の揺れを最小限に抑える技術が功を奏した。遂に、ターゲットマーカーを拘束していたワイヤーが切断された。午前5時30分、高度40mに達した「はやぶさ」は毎秒9cmに自律的に減速してターゲットマーカーを放出した。

「ミューゼスの海」に向かって降下するターゲットマーカー(11月20日午前5時33分、高度32m付近で撮影)。提供:ISAS/JAXA

直径10cmのターゲットマーカーは、「イトカワ」を目指して秒速12cmで自由降下し始めた。そして歴史的な瞬間がやってきた。自由降下開始から6分後、ターゲットマーカーは「ミューゼスの海」の西側に着地した。地球からはるばる10億km旅した87万7490人たちの名前は、約3億kmかなたで「星の王子さま」となって長い宇宙の旅へ出発した。

87万7490人の名前を包み込んだターゲットマーカー 提供:ISAS/JAXA

ターゲットマーカーの内部(名前は銀色のアルミ箔のシートに印刷されている) 提供:ISAS/JAXA

 

午前5時47分、「はやぶさ」は高度35mに達した。ここから高度制御は、レーザー高度計(LIDAR)から近距離レーザー高度計(LRF)に切り換わった。「はやぶさ」は着実に降下し続けた。高度25m、「はやぶさ」はホバリング後ゆっくり降下した。午前5時55分、「はやぶさ」は高度17mに到達した。午前6時、「はやぶさ」は自律的に機体の軸を「イトカワ」の表面に垂直に保つ姿勢制御に入った。着陸!管制室の全員が着陸を確信した。「はやぶさ」の底部から伸びたサンプル採取器の接触と同時に直径10cmの弾丸が打ち込まれ、舞い上がる地表のサンプルが採取されたはずであった。

しかし、ここで想定外の事態が発生した。ドップラーデータは、上昇するはずの「はやぶさ」が秒速2cmで降下し続けていることを示した。どうやら、「イトカワ」の地表から約10m上空を漂い続け、着地していないようであった。「はやぶさ」の追跡が、カリフォルニア州ゴールドストーンにあるNASA深宇宙通信網(DSN)からJAXAの臼田追跡局(長野県)へ切り換わる微妙な時間帯にあったため、管制室は「はやぶさ」をセーフ・モードに移行させるべく指令を送った。この決断は正しかった。午前10時7分、「はやぶさ」との交信が復活し、「はやぶさ」は高度数10kmでセーフ・モードに入っていたことが確認された。

ミッションチームは「はやぶさ」が蓄えたテレメトリーデータを回収・解析し、2度目の着陸とサンプル採取に向けた「はやぶさ」運用を決定する作業に移った。データの解析から、実に驚きくべき事実が判明した。「はやぶさ」は、20日午前6時10分に「イトカワ」に着陸していたのだ。しかも、2回バウンドして約100℃に熱せられた表面に30分間もとどまっていたことが分かった。しかし、サンプルを採取するための金属球の発射は確認されなかった。

2回目の挑戦(1125日〜26日)

「イトカワ」のサンプル採取に挑戦する最後のチャンスが訪れた。20日以降、ミッションチームの昼夜を徹した懸命な作業により、「はやぶさ」の2度目の着陸と最後のサンプル採取の態勢は整った。サンプル採取当日(11月26日)、「はやぶさ」の航法誘導装置が目標を誤認する可能性が考えられることから、ターゲットマーカーは使用しないことになった。

11月25日午後10時、「はやぶさ」は高度約1kmから降下を開始した。目指すは、ミューゼスの海である。午前4時、高度約500m。午前4時49分、「イトカワ」の表面に映る「はやぶさ」の影が見え始めた。午前6時頃、「はやぶさ」は秒速12cmで垂直降下を開始した。午前6時23分、地上から降下継続Goの指令が発せられた。「はやぶさ」は降下を続けた。

午前6時24分撮影された「はやぶさ」の影とターゲットマーカー(○印)及びその拡大画像   提供:ISAS/JAXA

午前6時54分、高度40mに達した時点で「はやぶさ」は毎秒6cmの減速を行い、6時53分高度35mでレーザー高度計(LIDAR)を停止した。6時55分、近距離レーザー高度計(LRF)が始動した。LRFはビームを発射し、「イトカワ」の地表からの距離を測定した。

LRFから発射されたビーム(想像画)。提供:ISAS/JAXA

午前7時、高度14m、「はやぶさ」はホバリングを開始し、「イトカワ」の地形にならう態勢に入った。午前7時4分、LRFは距離測定からサンプル採取器制御の態勢に移った。午前7時7分(高度7m)、0.2秒の間隔で2発の弾丸(直径1cm)が相次いで発射された。サンプルの採取量を多くするための方法である。1秒間の接地で、採取器の先端が10cmほど縮んだ。「はやぶさ」は素早く上昇した。

この頃、地上の管制室は、サンプル採取の結果を待ちわびていた。WCTの文字がモニター画面に表示されれば、弾丸の発射とサンプル採取の成功を意味する。午前7時35分、画面上にWCTがくっきりと浮かび上がった。

しかし、JAXAは12月7日、11月26日のサンプル採取の際に「弾丸が発射されなかった可能性が高い」と発表した。同時に、11月20日の着陸の際に舞い上がったサンプルを採取した可能性もあると付け加えたが、この確認は、「はやぶさ」が地球に戻って来てからのことになる。

その後、11月26日と27日に発生した化学エンジンの燃料漏れによるジェット噴射装置の不具合のため、「はやぶさ」のセーフ・モードが続いた。以後、「はやぶさ」の姿勢を安定させる三軸姿勢制御に戻す努力は続けられたが、事態は好転しなかった。さらに、12月9日以降「はやぶさ」との交信は途絶えているため、作業は「はやぶさ」の救出モード(約1年間)へ切り換えられた。JAXAは12月14日、予定されていた「はやぶさ」の「イトカワ」出発を2007年春頃、地球帰還を2010年6月頃に延期すると発表した。

地球帰還を目指す「はやぶさ」 提供:ISAS/JAXA

「はやぶさ」の地球帰還への苦闘は続く。しかし、2年4ヵ月、10億kmにわたる宇宙空間でのイオンエンジンの運転、探査機の自律航法による小惑星への降下及び着陸という工学面での実験に成功した。