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キャロライン・ハーシェルは、1750年3月16日、ドイツのハノーバーで生まれました。父親のアイザック・ハーシェルはすぐれた音楽家でした。彼は6人の子供達に、数学とフランス語と音楽を勉強するようすすめました。しかし、母親は女の子に教育は必要ないと考えていましたので、キャロラインには家事をしてもらいたいと思いました。
キャロラインは、10歳の時チフスにかかり、この病気のために背が伸びなくなってしまいました。22才の時、兄ウィリアムの身のまわりの世話をするハウスキーパーとして、イギリスのバートに移りました。
ウィリアムは、優れた音楽家であり数学者でもありました
。キャロラインはウィリアムから発声と数学を教えてもらいました。彼女はプロのソプラノ歌手として有名になりました。ウィリアムの趣味は天文学の研究でしたので、暇な時間は殆ど天体望遠鏡の改良にあてました。
望遠鏡製作者として名声が非常に高まったので、ウィリアムは音楽の仕事をやめ、天体望遠鏡の製作と天文学に打ちこみました。キャロラインは望遠鏡製作の手助けをするようになり、その結果、兄同様天文学に熱中するようになりました。初めは兄の見習いでしたが、やがて自分で望遠鏡を作り始めました。また、兄が数学をとり入れた近代天文学を確立する手助けもしました。
1783年キャロラインは3つの新しい星雲を発見しました。1786年と1797年には、8個の彗星を発見しました。女性としてはじめての発見です。後年、キャロラインは、ウィリアムと彼女が発見した全ての天体のカタログを作りました。今日もなお、そのうちの2つのカタログが使われています。
96回目の誕生日に、彼女の業績に対して、プロシャ王国(1701〜1918まで存在したドイツの王国)科学金賞が与えられました。
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